2017-09-30

恋よ恋(14)

 「で、だ来尾」
 コホン。わざとらしく咳払いする花将の吐息が香るのへ、怪魔はうひゃーと鳴いてのけぞる。
 「…?何だ、おかしな声を出すな」
 「だって花将、オメー前からこんなんだっけ?」
 すっげーいいにおい、と呟く口の中の声は蕾に届かない。花たる美貌に不得要領と大書して、彼女は彼女でおかしな奴だと呟いた。
 「まあ、お前の挙動はどうでもいい「オメーな…」。聞きたいのだが」
 「あ?俺にか?なんだよ」
 不思議と言うより不審そうな顔をする来尾に、おもむろに問う。
 「恋とはどんなものだ?」
 怪魔はぱかりと口を開け、しかし何も言わなかった。
 蕾が苛々と促す。
 「何だ、その間抜け面は。質問に答えろ」
 「え、いや…何だって?」
 「聞いていなかったのか、散漫な奴だ。オレは恋とはどんなものかと尋ねたのだ」
 「聞き間違いじゃなかった!!東皇使むっちゃかわいそう!!」
 「はあ?なぜここで東雲だ」
 顔を覆って崩折れた来尾が、心底わかっていないらしい蕾の顔を愕然と見返した。
 「ひと…づま……?」
 「人ではないがな」
 「何から何までそーじゃねーよ!」
 怪魔のツッコミは沈む陽を撃ち落としそうに冴える。それでもまだ艶麗極まる花のかんばせはわかってません候、彼はそれへびしりと指をさしつけた。
 「そんなん俺に聞く必要あんのか、オメー東皇使が好きでケッコンしたんだろ!?」
 「む…」
 蕾がほのかに頬を染める。
 「いやしかし、必要があってのことだからな。恋とかそういうものなのかどうか…」
 「東皇使むっちゃかわいそう」
 怪魔は今度は平板に繰り返した。
 「つーかオメーよ、そもそも怪魔にそーゆーこと聞くか?」
 「しかし、問題を起こしているのがその怪魔だ。お前も同族としての感覚で、なにか思うところはないか」
 「同族つったってなあ。怪魔なんて勝手な奴ばっかで、ほかの奴が何考えてるかなんてさっぱりわかんねえよ」
 「ああ…まあ、お前は相当な変わり種だしな。いや、これはオレが悪かった。確かに、ものを尋ねる時には相手を選ばねばなるまい」
 「…これだよ」
 呆れと諦めの混じった溜め息を吐き落とし、来尾は自分の胸に手を当てた。
 
 

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2013-12-22

恋よ恋(13)

 「あ、蕾ちゃま」
 川原田家に入ると、迎えに出てきた夕姫が嬉しげな声を上げた。そのエプロンの裾を、彼女の子供がしっかり握り締めている。
 「双子ちゃんのお迎え?早かったのね」
 「ああ」
 相変わらずキレイ、とハートマークを飛ばすのへ、花仙も彼女にしてはやわらかな微笑を返す。それはおそらく、己が守る対象であると認識している者へ向ける表情だ。
 かるく頷いた蕾はちらと背後へ琥珀の瞳を流した。
 「香穂はいつも透たちの話を熱心に聞いていたからな。もしやと来てみて正解だった」
 視線の先では、透に抱えられた姉児がその状態でできるだけ威儀を正そうと奮闘している。
 夕姫はちいさく微笑んだが何も言わず、奥へと一同を促した。
 一見自然な態度のようだが、昔馴染みの目に違和感を映して蕾は僅かに眉を顰めた。常の夕姫ならば、夫にひと声なりとかけるはずであるのに、まるで無視するような態度だ。
 これがつまり怪魔の影響ということだろう。
 「なんだよ、香穂は俺らに興味津々か?」
 「違いますっ。わたしはただ、母上のお話をしっかり聞いていたに過ぎません」
 「照れるなよこいつー」
 背中では明るい声がする。何でもないように香穂をからかっているが、透はあれで意外に敏い性質だ。夕姫の変化に気付いていないはずがない。そして、傷ついていないわけがない。
 こっそりと息をついた時、雨がいきなり盛大に屋根を叩き始める。その音に紛れて、かすれた笑い声を聞いた気がした。



 案内された座敷は、簡素ながら落ち着いた居心地のよさそうな佇まいだった。床の間には夕姫が活けたのだろう、季節の花が化盆の上にすっきりと美しい。
 「もしあんまり遅いようなら、前に貰った蕾ちゃまの香玉を使ってみようかと思ってたのよ」
 茶支度を終えて戻って来た夕姫は、子供たちの前に置いた小皿に手作りらしいあられをざらりと盛る。一人がきちんと礼を言い、二人は元気よく喜びの声を上げた。
 英の頭をぺんとはたき、蕾は自分の茶を受け取る。
 「それは、お前の危機のために取っておけ」
 少し笑うと、自分の席に着こうと卓を回る夕姫がありがとうと胸に下がっている珠に触れた。
 川原田家の子供が彼女について回ろうとするのを、子供ながら端然と座った香穂が嗜める。
 「ちょっと、うろちょろしてないでおとなしく座ってなさいよ。お湯を扱ってるところにまとわりついたらあぶないでしょう」
 「ご、ごめんなさい」
 叱られて素直に謝るところは母親似か。少々腰が引けているのが哀れに微笑ましい。透が自分の子の頭に手を伸ばし、わしわし撫でた。
 「香穂は躾ができてんなー」
 笑えば横から怪魔が口を出す。
 「でも母ちゃんに教わってんじゃないだろ。教育係とかいんのか?もしかして薫様?」
 「何が言いたい来尾。まあ薫も関わってはいるが、ある緑仙に二人の教育を頼んでいる」
 「へー、緑仙か。そりゃ厳しそうだな」
 「そうでもない。優しい方だ」
 「ふーん。つうか香穂って見た目も似てっけど、このナリで賢いこというとこホント東雲の子って感じだよな」
 「父上…!?」
 透の出した名に、あられに夢中だった英が反応した。耳をぴんと立てた子犬のような姿に大人たちが笑う。
 「お、父ちゃん子は英の方か。昔の話とか聞きたいか?」
 「ききたい!!」
 「あー、そうだよなー、情報に飢えてるよなあ。こんなちびっちゃいのに父ちゃんと引き離されてよう」
 そっと目元を拭うふりをして、透はわしわし男児の頭を撫でた。ついでに、横でへんな顔をしている女児も引き寄せて膝に乗せる。
 「!?なっ、何をするんですか!離してくださいっ」
 「よしよし意地張んなくていいからなー。俺のこと地上の父ちゃんだと思っていいんだぞ?」
 「思いませんよ!?」
 「そう言うなって」
 香穂は必死に抵抗しているが、聖仙としての能力を使わないなら人間といえど大人の男には敵わない。静観している母をちらちら見やり、彼女は仕方なさそうにおとなしくなった。透が顔中で笑う。
 「よーし何でも教えてやるぞー、あいつと一緒のガッコ通ってた時のこととかな。しょっちゅう宿題見せてくれって頼まれてなあ」
 「東雲がな」
 蕾の容赦ないツッコミに、透はだははと頭を掻く。
 「自分の子供の前で、よその子のお父さんになるなんて言わないで…」
 夕姫が我が子を抱き寄せて呟いた言葉は、座敷の空気をしらじらと冷えさせた。

  

 「すっかり長居をした」
 雨は上がったが、じきに日が暮れそうな時刻になってしまった。
 川原田家を辞した蕾とその子供たち、及び来尾は、それぞれに帰ると見せかけて透の薬草園のはたで落ち合った。
 「で、どーすんだ?」
 物珍しげに人界の薬草を見て回っている香穂と、それについて歩く英を横目に怪魔が問う。花仙も同じ方向を見ながら頷いた。
 「そうだな、少々関わってみるか」
 「香穂にお願いされたからか?やっぱオメーでも、子供にゃ甘ーのな」
 なぜかちょっと嬉しそうに言う来尾に、蕾はさらりとかぶりを振った。
 「別に子供らの頼みを聞いたわけではない。どちらかと言えば、気になるのは夕姫の方だ。まるきりらしくない言動ばかりで、あれでは本人の心が先に壊れてしまいかねん」
 「あー…」
 変り種の怪魔が間延びした声を上げる。同意らしい。
 「それに」
 蕾は重くなった空気を払うように声調子を軽くした。
 「オレは御大花将、花の憂いを晴らし恙なく咲かせる者だ」
 「あん…?」
 不得要領な顔に、彼女はにやりと笑みかけてやる。
 「恋は人生の花、と言うではないか。ならば、オレが守っても不思議はあるまい」
 「かーッ言うじゃねーの人妻は!以前のオメーなら考えらんねー」
 自分の額を叩く怪魔の方が照れくさそうだ。蕾は軽く肩をすくめ、
 「人ではないが…まあ、そうかもしれんな」
 子供たちの向こうに誰かの姿を探すように視線を流した。



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2012-08-17

恋よ恋(12)

 がらばりびしゃああんんん!!!
 「にゃあああああ!!」
 天地を引き裂く閃光と爆音に一拍ほども遅れず、奇態な悲鳴が上がった。
 「かぐほー」
 眉尻を下げた英がわたわた手を差し伸べる先には、頭を抱えて草の上に蹲ってしまった姉児の姿がある。
 「ありゃ」
 来尾が少し目を丸め、じきにへらりと笑った。
 「なんだ、嬢ちゃんは雷が苦手か。かわいいとこあんじゃん」
 花仙が、姉の頭を抱きかかえている弟の頭を撫で、二人を引き離した。香穂をそっと抱き上げ、しがみついて来る背中を軽く叩く。
 「以前、ちょっとな…まあ、とらうまとかいうヤツだ」
 「ふん?」
 「華恭苑に見知りの煌雷熾龍が来たことがあってな。はしゃいだ英に苛立った龍が落とした雷が、香穂のすぐ目の前に落ちた」
 「お前の知り合いって突拍子もねーの。つーか、香穂ってマジ巻き込まれ体質な。父ちゃんの血かねー。そんでも懲りないとこは、母ちゃん譲りの鳥頭ってか」
 「やかましい」
 あははと笑う怪魔がげっしと殴り飛ばされたところで、
 「お、いたいた」
 軽やかな声がした。
 蕾がやわらかく振り返る。
 「透」
 「よ、久しぶり。夕姫に来てるって聞いてさ。けどなかなか家の方来ねえから様子見に来た」
 今や独り立ちの本草家となった青年は、ひらりと姉弟を指す。かつてよりも少し背が伸び、線も太くなった。けれど日焼けした顔に浮かぶ、悪童めいた笑顔はずっと変わらない。
 「ああ…すまん、少し話をしていてな」
 「なんだよ、俺は仲間外れかよー」
 言う割にはこだわりなく笑い、透は花仙に近づいて来る。
 眩しいように目を細めた蕾の腕の中で、幼仙がもぞりと身じろいだ。大きな目をいっぱいに瞠って振り返る先で笑っている人物を見つけると同時に、手が伸びて来て彼女に触れる。
 「お前の子供たちだよな。こっちはー、姉ちゃんの方か」
 「ああ」
 簡単に頷いて、蕾はあっさり透の手にわが子を託す。ひょいと抱き移された香穂はびっくり目になったが、はっと我に返ってごしごし目もとを擦る。
 「初めまして、透どのですね。わたしは」
 きりりと自己紹介を始めたのだが、相手は全部聞かないうちに彼女の頭をかいぐり撫でた。
 「香穂だろ。どした、母ちゃんに叱られたのか?」
 「え、いえ…」
 せっかく涙を拭いたのに台無しにされ、幼仙は複雑な顔をする。その母も同様だった。
 「濡れ衣だ。いや、確かに叱るべきことがらはあるが…今は、雷に驚いてな」
 「なんだ、雷嫌いか」
 先刻の怪魔と同じ内容だが、今度は本人に質問が向けられた。ううと唸る幼児に、青年はからり笑って見せる。
 「まー誰でも苦手なモンくらいあるよな」
 空に投げる視線の先、勢いを増し流れる黒雲の合間に再び細い光が閃いた。ひくりと身を強張らせる香穂の様子を見て、透は宥めるように笑う。
 「よしよし、家ん中入ろうな。寄ってくだろ蕾、お前だって雨ん中を二人抱えて帰るのしんどいだろうし」
 「ああ…しばし世話になる」
 蕾はほのかに笑む。ほんの一瞬怪魔と絡ませた視線は、どうやら透には気付かれずに済んだようだった。







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2012-06-28

恋よ恋(11)

 「あっ…!」
 固まった香穂の代わりに、英が叫び声を上げた。
 「ははうえっ」
 呼びかけた相手は、小さなつむじ風ひとつを纏ってやわらかく地に足をつける。幼仙が母と呼ぶなら、それはもちろん万花の守護者たる御大花将、麗しの花の皇女が現れたのだった。
 蕾は絹糸の髪を背に流し、すいと片手を上げた。まだ固まっていた香穂がびくりと身を縮め、それを庇うようにして英が一歩前に出る。
 「あの母上、ぼ、ぼくがわるいんです。ぼくが勝手に地上に降りて来て、かぐほはおっかけて来てくれて」
 必死に言い出す男児に、その母は短く息をついた。
 「言いだしっぺはいつもお前で、巻き込まれるのが香穂というわけか」
 何やらどこかで見た関係のようではある。巻き込まれる側がノリノリな点はともかく。と思ったかどうか、こっそり天を仰いだ蕾は小さく肩を揺すって息をついた。
 「まあ、その話はあとでゆっくり聞く。それよりも」
 うすく笑み、輝きのつよい瞳をまっすぐに怪魔へと向ける。
 「なかなか興味深い話をしていたようだな。オレにも説明願おうか」
 「おっ…おう…」
 来尾は気圧されたように、少し腰を引いた姿勢で頷いた。ちらと視線を夕姫とその子供の姿が消えて行った方向へ流し、ひとつ咳払いを零す。
 「えーと…どっから聞いてたんだよ」
 問えば天仙がふむと我が顎を撫でた。
 「恋は盲目、のあたりか。お前も、なかなかにしゃれたことを言うではないか」
 からかう声音に、怪魔がふてくされた顔をする。
 「ちぇっ、おまえみたいな野暮天に言われたかねーっつの」
 言い返されても蕾は怒るでもなく、ちらと笑って先を促した。
 「で?」
 「あー、そっちのガキどもも見てんだけどサ」
 視線を流された姉弟が、母の顔を見上げてこくこく小さな顎を頷かせる。来尾はふと緩んだ頬を引き締めて真剣な声を出した。
 「人間の恋心ってヤツを食う怪魔に、どうも夕姫がとりつかれてるみたいだって話だよ」
 「影響は?」
 「聞ーてたろ。このままだと、夕姫は透への恋を失くして、最悪破局。だな」
 来尾がぱっと両手を開く。
 聖仙は秀麗な眉をぴくりと動かしたが、それも一瞬のことで小さく笑みを作る。
 「なんだよ?」
 「いや…おかしな怪魔だな、お前は。夕姫と透の破局が最悪で、気に入らんか」
 「…うっせー。いーだろ、別に」
 再びふてくされるのへ彼女は、意外なほど優しい苦笑を向けた。
 「褒めたつもりだが。まあいい、ではその怪魔を祓えばいいのか?」
 「そう単純じゃねーよ。オメーだって、いー加減わかってんじゃねえの?感情のベクトルってのは、一旦振れたらそうそう他人にどうにかできるもんじゃないだろ」
 「」
 蕾が大きく目を瞠る。珍しく宙をうろつく瞳に映る陰は、刻々近付いて来る黒雲なのか困惑なのか。ほのかに頬が赤いようにも見える。
 怪魔が口を尖らせた。
 「だから結局、自分次第なんだって。さっきからそう言ってんじゃん」
 「あのう、母上」
 我慢できなくなった、という顔で、拳を握った幼仙が口を出す。
 「でも夕姫どのには、幸せでいて戴きたいです」
 「香穂」
 「親切にして戴きましたし、優しい方です。ちょっと話しただけでも、わかります。だから母上のお力で、どうにか…」
 言い募る途中で、一同の上にふと影が差した。同時に大気が低く唸る。
 「…!」
 香穂の顔からざっと血の気が引いた瞬間、閃光とともに世界を砕くような轟音が響いた。







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2012-05-12

恋よ恋(10)

 来尾の意図を測りかね、香穂は無言のまま顎を引くことで肯定に代えた。
 「あれ、何なの」
 「あー…」
 若干睨むようにしながら問いかければ、怪魔はちらりと夕姫の方を窺う。すると下界の人の子はとにかくと言って肩を返した。
 「雨が降りそうだし、家に入りましょう?来尾ちゃんも、よかったらお茶して行って」
 「あーうん、サンキュ。このガキんちょともうちょっと喋ったら、すぐ行くよ」
 「あら、ずいぶん香穂ちゃん達が気に入ったのね」
 くすりと笑うのへ、来尾はけっとばかり肩をすくめて見せる。
 「そんなんじゃねーけどサ。とーるに会ったら、こいつら一人占めしよーとすんだろ?」
 「…ああ…」
 夕姫が、妙にのろのろと笑んだ。
 「そうねえ。お兄ちゃんは蕾ちゃまたちが大好きだから、香穂ちゃん英ちゃんに会ったら大喜びよね」
 「…?」
 女の声がわずかに低かった気がして、香穂は思わず夕姫の顔を見上げる。そこには変わらず微笑があったが、何となく顔色が悪いように見えた。
 「夕姫ど」
 「じゃあ、先に行ってお茶の支度でもしておくわね」
 加減でもと問おうとした先、彼女はにっこりと言って我が子の手を取った。何事か促し、二人で家の方へと歩き出す。
 しばしその背を見送り、香穂は怪訝に立ち尽くす。ふと何かが手に触れ、見下ろしてみると英が手を繋いで来ていた。その弟の視線は、ひたすら怪魔に向いている。
 「うーん…」
 一方の来尾は、困った顔で腕を組んで小さく唸った。雨の予兆に冷え始める大気に包まれ、やけに深刻そうな様子に見える。
 「ねえ、ちょっと。私たちと話したいんでしょ?さっさと口開きなさいよ。何が言いたいの?さっきの、怪魔のこと?」
 痺れを切らした香穂がずばり切り込んだ。
 「へあ?あ、うん、まあ」
 「何よ、はっきりしないわねえ。そもそもあれ何なのよ。怪魔だってことしかわかんないけど、よくないものなの?」
 ぽんぽん言うと、来尾が一瞬きょとんとしたあとプスリと笑った。
 「何よ」
 「いや?べっつにー。ただ、オメーラみたいのには、俺らなんかは怪魔だってだけでよくないものなんじゃねーのと思って」
 「母上は、そういう言い方はなさってないわ」
 すらりと出た答えに、怪魔はまた目を瞠ってから笑う。今度は、なにやら嬉しそうな照れくさそうな顔だった。それが、だんだんニヤニヤに変わって行く。
 「ふーん、そっかそっか。御大花将がねえ。アイツ、案外話せるとこあるよな」
 ちょっと懐かしむような目をして、彼は表情を引き締めた。
 「母上のことをアイツとか」
 「んーじゃま、その信頼にオコタエして、ってか」
 香穂の抗議を遮り、さきほど小さな怪魔が消えた地面を指差す。
 「さっきのあいつは、まあ、害があるっちゃあるし、ないっちゃない…時もある」
 「はあ!?どっちよ」
 「んー…何つーかな。自分次第、ってか。
 「まあ人間の感情をエサにする怪魔の一種なんだけどさ。よくあるみてーに負の感情じゃなくて、やたらやわらかい感情を好むってのが変わってんだよな」
 「よくわかんないんだけど」
 「気ィ短いとこ、かーちゃんにそっくりだな。まあ聞けって」
 軽く姉弟の頭を押さえるような仕草をしてから、来尾は少し照れたように早口で言った。
 「あいつはアレだ、人間の恋心って奴を食うんだよ。こう、あったかい、フワフワした感情とか、揺らぎとか、うーん何てんだろな、期待のこもった不安定さっつーか、まあ、わりと悪くない感情?の部分な」
 「…よくわからないんだけど…」
 「あー。お子ちゃまだもんなあ」
 来尾が肩をすくめて首を振る。そう言えばあの怪魔も子供には興味がないなどと言っていたと思い出し、香穂は不得要領ながらもむかっ腹を抑えて考え込む。自分が恋というものを知らないのは確かだ。
 両親ならば、来尾の今言ったことを完全に理解できるのだろうか。
 と思えば、父の手紙を読めなかったことがなおさら残念に思えた。あれを読んでいれば、少しは現況の理解への助けになったのかもしれない。難しそうだからと人を頼らず、自分で調べながらでも読んでみるべきだったか…
 母に知られれば反省の色が見られないとゲンコツの一つも貰いそうなことを考えつつ、幼仙はふと別のことを思い出して俯けていた顔を上げた。
 「夕姫どのが、あれを見えてなかったみたいなのも、その、あれの能力の影響なの?」
 「ああ」
 来尾がすこし笑った。
 「そりゃーな。下界じゃ言うだろ、『恋は盲目』ってさ。色々見えなくなるモンなんだよ」
 「はあ?」
 怪魔はひどく人めいている。香穂はますます混乱する思いで弟に視線を向けてみたが、返って来たのは話さえ聞いていたのかどうか怪しい笑顔だった。
 「げかいはおもしろいんだね、かぐほ」
 はいはい、と溜め息をつく他にできることがない。見上げた空にぞわぞわと動く黒雲が目に映って一瞬眉を顰めるが、何がしかの感想を持つ前に来尾の声が思考を遮った。
 「まーとにかく。あいつに憑かれてるとなると、夕姫はちっと厄介かもしんねーぞってハナシだよ」
 「そう、なの?具体的にどんな風に?」
 「気持ちを食われちまうわけだから、恋の相手への関心が薄くなる。しかも不平不満ばっかが残ってけば、そのうちにはそんな生易しいモンじゃなくなる、かもな。ホントこればっかは本人次第だけどさあ。今の様子じゃ、夕姫は透への気持ちが変わって来てるっぽい…」
 「ほう」
 不意に、低い、けれど艶やかな声が中空に零れた。同時に、ふわりと芳しくもすずしい香気。





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