2011-09-30

花開会17

 「こちらへ…」
 「かたじけない」
 廊下から聞こえて来た会話に、東雲は書巻から顔を上げて振り返る。
 扉がほとほとと叩かれ、従童の声がご来客ですと告げた。
 「入って戴きなさい。それと、お茶の支度を」
 「畏まりました」
 お付きは無駄な言葉も動作もなく、客を進ませて自分は下がって行く。東雲は微笑を浮かべ、戸口で礼を取る長身の武人に向き直った。
 「やあ、曙橙将軍。首尾はどうだね?」
 「は、概ね…東皇使さまにはお待たせをいたした上にこのような夜更けにお訪ね申し上げ、面目なく」
 「いやいや、君こそご苦労様」
 更に一礼する橙軍主将を招じ入れ、森の皇子はともに卓子に着かせた。少時どうでもいいような雑談をし、茶支度を済ませた従童を下がらせてから、心持ち身を乗り出すように茶器を取り上げる。
 茶の香りを聞いて小さく息をつき、促す視線を流した。
 「水波宮では、結構な噂になっておりました」
 心得た曙橙将軍が、細くのぼる湯気を目で追いながら口を切る。
 「もうずいぶんと古い話ですが、先々代の竜王の姉君が玄武王のもとへ嫁がれた際に」
 「ああ…私や蕾が生まれるずっと前だけど、話くらいは聞いたことがあるよ。なるほど、だから蛇か…」
 東雲はなにごとか感得した様子で頷き、手の中の茶器を揺する。ふわりと漂う香気の中で、ふと首を傾げた。
 「確かその公主は稀なる美貌の持ち主で、王の寵愛をほしいままにしていながら、初子を上げる際に亡くなったのではなかったかね」
 「左様で」
 「そう言えば、その御子のその後を聞いた覚えがないね…」
 花の将軍は一瞬唇を結んだあと、言いにくそうに顔を歪める。
 「は…それが…」
 「?」
 「生まれた御子は、玄武王の胤ではなかったそうで」
 今度は東雲がかすかに眉根を寄せた。
 「公主が…?」
 「いえ!公主に横恋を抱いた玄武王配下の部将が、王のお留守に無理矢理…と。公主は疑いつつ御子を産み上げられたところ、玄武王の族ならば体のどこかに出るはずの地の文様が現れず蒼白になった末、ことを書き遺して自害された由にござる」
 「…ああ…なんという」
 森の皇子は低く呻き、のろのろとかぶりを振る。それへ武人は、言いにくそうに話を続けた。
 「問題の武将は秘密裡に入牢、のちに自ら望んで賜毒。生まれつきに寄る辺もなくした御子は玄晶宮に留め置かれたものの、寄り付く者もなく孤独な日々を送らざるを得なかったと」
 長ずるに及び力は雄渾なれど性情猛悪、凶なること四海に及ぶなしと言われたその蛇はしかし、幼い頃より共に長じた気に入りの女官があった。ついに玄晶宮を出奔するにあたっても連れ出したこの女官は笛をよくし、彼女の笛さえあれば御子の荒態も治まると言われていた…
 が、時のうちに出自の下がるその女官は同じ時を過ごすことができずに御子を置いて逝き、哀しんだ蛇はついに怪魔と堕ちた。
 「蕾は、それと戦ったのか…」
 呟く東雲に、曙橙将軍も予想していたのだろう、ただ重く項垂れる。
 「水波宮では曲りなりにも眷属を害された形になるものの上将を恨む向きはなく、持て余し者の片をつけて下さったと喜ぶ者、あるいは心あれば御子の悲哀を終わらせて下さったと慶する者とで、寧ろ感謝する声が高いようでござった」
 「……それを、竜王はどう考えているのかな…」
 何事か考え詰めていた森の皇子が、やがてつと視線を上げた。
 「いや、それはまた別の話だ。ありがとう曙橙将軍、参考になったよ」
 「いえ…東皇使さま、どうか上将を」
 いくつもの感情を揺らめかせ、しかし花の将は真摯に唇を結ぶ。自分であれば蕾を水の底や空の彼方に連れ去ったりはしないと彼を味方につかせた東雲だったが、正面から向けられる蕾だけへの思いを見てそっと目を伏せた。
 「わかっているよ」
 まったく花というものは罪が深い、と嘆息する思いで、彼はしみじみと頷いた。





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